NEW ORDER

会社の値段

売ると決めたら、節税はやめるべきか

利益を抑えた分が値段に響く仕組み

IN BRIEF

  1. 買い手は決算書の利益をそのまま使わず、後任の報酬などを置いた正常な利益に引き直す。
  2. 利益を抑えた分が戻るのは、理由と証拠を示せた部分だけ。第三者への売却では値段に響く。
  3. 親族に渡す場合も、利益は評価の要素のひとつだが、意味は売却と違う。渡す相手を先に決め、税理士と方針を決める。
CONTENTS5の見出し
  1. 買い手は、決算書の利益をそのまま使わない
  2. 引き直してもらえるものと、もらえないもの
  3. 架空の例で、一度だけ計算する
  4. 同じ経理でも、渡す相手で意味が変わる
  5. いつから戻すか

聞き手

売ると決めたら、顧問の税理士から「今期の節税はもう要りませんね」と言われました。節税は、やめるべきなのでしょうか。

アドバイザー

「やめなさい」とは言い切れません。ただ、利益を抑える経理は、第三者に売るときには値段の土台そのものを小さくします。何がどれだけ小さくなるかを知ったうえで、続けるか戻すかを税理士と決めてください。

買い手は、決算書の利益をそのまま使わない

引き直しの図

聞き手

利益を抑えた決算書を出すと、買い手はその利益で値段を付けるのですか。

アドバイザー

そのままは使いません。買い手は決算書の利益を「正常な利益」に引き直します。社長が交代しても毎期ふつうに出る利益はいくらか、を見る作業です。たとえば社長の報酬が高すぎれば、後任の経営者を雇う費用に置き換えて、利益を計算し直します。

聞き手

値段は、その利益からどう決まるのですか。

アドバイザー

中小企業の売買では、時価純資産に数年分の利益を足す形で考えることがあります。中小企業庁の中小M&Aガイドラインにも、純資産で出した金額に数年分の任意の利益を加算する場合があり、当事者が最終的に合意した金額が譲渡額になる、と書かれています。足す年数も、どの利益を使うかも、決まっているわけではありません。

聞き手

利益の数字が違えば、足す額が丸ごと変わるわけですね。

アドバイザー

そうです。小さい利益のまま引き直されなければ、その分だけ値段の土台が小さいままです。では何が引き直され、何が引き直されないのか。次に見ます。

小さい利益のまま引き直されなければ、その分だけ値段の土台が小さいままです。

引き直してもらえるものと、もらえないもの

聞き手

利益を抑える経理には、役員報酬の厚め設定、保険、交際費、前倒しの費用計上などがあります。買い手は、どれを戻してくれますか。

アドバイザー

項目では決まりません。買い手が理由を確かめられるかで決まります。考え方の目安を表にします。個別の会社の判断ではありません。

項目 買い手の見方 戻りやすさの目安
役員報酬を厚めに設定 後任の経営者を雇う費用に置き換え、差額を利益に戻す 戻りやすい
保険料の損金処理 事業に必要な保障か、解約で戻る積立かを中身で見る 中身による
交際費 取引の維持に毎期かかる費用と見る 戻りにくい
前倒しの費用計上 翌期以降も同じ費用が出るなら毎期の費用と見る 戻りにくい

聞き手

買い手は、その理由をどこで確かめるのですか。

アドバイザー

財務デューデリジェンスです。買い手が決算書の裏づけを調べる手続きで、ガイドラインは、過去の実績の把握や現在の財務状態の調査が目的だと書いています。主に基本合意のあとに行われ、結果は譲渡対価の修正や、取引をやめる判断の材料になります。ここで裏づけを出せなければ、合意していた金額から下がることがあります。さらに最終契約のあとも、過年度決算の修正が見つかった場合に代金を払い戻す条項が置かれることがあります。

聞き手

役員報酬だけが戻りやすいのは、なぜですか。

アドバイザー

報酬には「後任をいくらで雇えるか」という外の物差しがあるからです。交際費や前倒しの費用は、「毎期かかる費用ではないか」という買い手の疑いに、売り手が答えなければなりません。答える材料は、請求書、契約書、過去数期の推移です。

POINT

引き直しは、説明できた分だけ

利益を抑えた分が決算書から戻るのは、買い手が理由を確かめられた部分だけです。

  • 戻る分。一度きりと分かる費用や、後任の報酬に置き換えられる役員報酬
  • 戻らない分。毎期かかると見られる費用や、理由を示せない支出
  • 売り手の仕事。戻してほしい項目の理由と証拠を、買い手に聞かれる前に自分で用意する

証拠がなければ、買い手は費用を毎期かかるものとして見ることがあります。

聞き手

売り手が自分で説明資料を作るのですか。

アドバイザー

作ります。買い手は決算書しか知りません。引き直してもらえるのは、買い手が理由を確かめられた部分だけです。

架空の例で、一度だけ計算する

聞き手

数字で見せてもらえますか。

アドバイザー

架空の例です。時価純資産が6,000万円、営業利益が1,200万円の会社があるとします。社長夫妻の役員報酬は合計3,000万円で、同じ仕事を外から来る経営者に任せると1,800万円かかる見込みです。差額の1,200万円が、買い手が引き直す額です。足す利益は3年分と仮定します。

項目 決算書のまま 役員報酬を引き直した場合
営業利益 1,200万円 2,400万円
3年分 3,600万円 7,200万円
時価純資産 6,000万円 6,000万円
合計 9,600万円 13,200万円

聞き手

差が3,600万円も出るのですか。

アドバイザー

報酬の差額がすべて認められた場合の話です。認められなければ、9,600万円に近づきます。足す年数が2年なら、差は小さくなります。

聞き手

逆に、社長がほとんど報酬を取らず、利益に残している会社はどうなりますか。

アドバイザー

逆向きに引き直されることがあります。後任の報酬を引いた利益で見られるので、決算書より利益は小さく評価される場合があります。引き直しは利益を増やす方向にだけ働くものではなく、実態に寄せる作業です。

聞き手

本業以外の収入や、数字が合わない部分は、ここには入っていないのですか。

アドバイザー

入っていません。本業以外の利益は本業以外の利益は、買い手にどう見られるか、数字の食い違いは数字が合わない会社を、どの段階で見抜くかに書きました。この記事は、経費の側、利益を圧縮した側に絞ります。

同じ経理でも、渡す相手で意味が変わる

利益が低いと下がるものの図

聞き手

子どもに継がせるときは、利益が低い方がよいと聞いたことがあります。

アドバイザー

親族に渡す場合、株式は財産評価基本通達で評価する場面があります。国税庁の通達180は、類似業種比準価額を、1株当たりの配当金額、年利益金額、純資産価額の3つを基に計算すると定めています。利益金額は、直前期末以前1年間の法人税の課税所得金額を基にし、選択で2年平均にもできます。固定資産売却益や保険差益などの非経常的な利益は、この利益金額から除くとされています。利益が小さければ、この要素は小さくなります。

聞き手

では、親族に渡すなら利益は低く、売るなら高い方がよいのですか。

アドバイザー

利益が低いと評価の要素が小さくなる点は、親族でも売却でも同じです。違うのは、その意味です。第三者に売るときは、利益が小さいと足す額が小さくなり、提示額も小さくなります。評価の方式は会社の規模で変わり、小会社は原則として純資産価額方式で、利益の効き方は別になります。誰に渡すかを先に決め、その前提で税理士に見てもらうのが順番です。

渡す相手 利益が低いと 根拠
親族(相続・贈与) 評価の要素のひとつ、利益金額が小さくなる 財産評価基本通達180、183
第三者に売る 数年分の利益を足す土台が小さくなる 中小M&Aガイドライン

CAUTION

税の評価額と、売値は別のもの

通達の評価額は、税の計算に使う数字です。第三者に売る値段は、当事者の合意で決まります。節税の可否と税額は、税理士の判断です。

聞き手

提示された金額が、そもそも妥当なのかも気になります。

アドバイザー

提示額の検算の仕方は提示された株価は妥当なのかにまとめています。決算書に載らない価値の扱いは決算書に載らないものに、価値はつくのかです。ここでは、利益をどう戻すかの話に戻ります。

いつから戻すか

聞き手

売ると決めたら、経理はいつから戻せばよいのでしょう。

アドバイザー

時期は一律には言えません。手がかりは、買い手が何期分の決算書を見るかです。中小M&Aガイドラインは、相談を始めるときの資料を、直近3年分の税務申告書、決算書、勘定科目内訳明細書で足りるとしています。買い手が最初に見るのも、およそ直近3期分と考えるのが自然です。

聞き手

今期から戻しても、前の2期は抑えた数字のままですか。

アドバイザー

残ります。だから「戻す」より、前の期の数字を説明できる状態にする方が現実的です。報酬が厚めだった期なら、その理由と後任の相場を示せるようにしておく。売る時期がまだ決まっていないなら、戻すかどうかより先に、説明の材料を作ります。

STEPS

  • 何期分が見られるかを知る。直近3期分の決算書と申告書が最初の資料になる前提で考える
  • 抑えた項目を書き出す。役員報酬、保険、交際費、前倒しの費用を、金額と理由つきで一覧にする
  • 戻る項目と戻らない項目に分ける。証拠を示せるかで見分ける
  • 戻す時期と中身を、税理士と決める

CAUTION

売ると決めてからの急な変更

売却の話が出てから費用の計上を急に変えると、買い手は理由を聞きます。変えるなら、時期と中身を税理士と決め、理由を説明できる形にしておきます。

聞き手

買い手の側から見ると、利益を抑えた会社は敬遠されるのでしょうか。

アドバイザー

敬遠されるとは限りません。買い手が気にするのは、利益が小さいことより、利益の中身が説明されていないことです。理由が示されていれば、買い手は自分で引き直して判断できます。示されていなければ、買い手は保守的な側、つまり利益を小さく見る側に寄せて計算しがちです。

聞き手

まず、何から始めればよいでしょうか。

アドバイザー

直近3期の決算書を並べて、利益を小さくしている項目に印を付けてください。それぞれについて、買い手に聞かれたら答えられるかを自分に問います。答えられない項目は、利益には戻らないものとして見ておきます。

QUESTION

あなたの決算書で利益を小さくしている項目を、理由と証拠つきで答えられますか。

FAQ

節税はやめるべきですか。
言い切れません。第三者に売る場合は値段の土台が小さくなるため、続けるか戻すかは税理士と確かめて決めます。
厚めの役員報酬は戻してもらえますか。
後任の経営者を雇う費用に置き換え、差額を利益に戻す見方があります。働きに見合う報酬だと説明できるかが分かれ目です。
親族に渡す場合と第三者に売る場合で、利益の効き方は違いますか。
違います。通達の類似業種比準では利益が評価の要素のひとつ、売却では値段の土台です。どちらが得かは税理士に確認してください。

SOURCES

公開 2026.10.30文 NEW ORDER JOURNAL 編集部

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