聞き手
譲渡先の候補を探すときに、AIに「御社を買いそうな会社を30社挙げてください」と頼んでみました。社名と事業内容、買いそうな理由まで並んだ、きれいな一覧が返ってきます。この一覧は、そのまま打診に使ってよいのでしょうか。
アドバイザー
下書きとしては使えます。ただし、そのまま打診先にしてはいけません。AIは「それらしい会社の並び」を作るのが得意で、その中に実在しない会社や、すでに事業をやめた会社、打診してはいけない相手が混ざります。今日は架空の会社を一社置いて、使えた場面と人が見ないと危ない場面を対にして見ていきます。
聞き手
そもそも、相手探しは実務ではどんな順番で進むのですか。
相手探しは、広い一覧から数社へ絞る作業

アドバイザー
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」に流れが書かれています。まず、譲り渡し側が特定されない内容のノンネーム・シートを、数十社程度に絞ったリスト、つまりロングリストの企業に送って打診します。関心を示した先から数社をショートリストにして、秘密保持契約を結んだうえで先へ進めるのが通常、という整理です。
アドバイザー
社名を伏せて、会社の概要だけを短く要約した資料です。相手に「関心がありますか」と聞くためのもので、この段階では、どの会社の話か相手には分かりません。AIが役に立つのは、この前の段階、ロングリストを作る作業です。
聞き手
仲介会社を使わずに、自分で探す場合はどうなりますか。
アドバイザー
ガイドラインは、取引先や地域内の同業他社を自分で見つけるケースが近年増える傾向にあるとしています。その場合も秘密保持には同じ注意が必要だと書いています。AIで一覧を作る人が増えるのは、自然な流れです。では、その一覧が実際にどうなるか、架空の例で見ましょう。
架空のZ社で、30社の一覧を作らせてみる
アドバイザー
架空の例です。実在の会社や案件とは関係がありません。金属部品の切削加工をしているZ社、従業員25名。社長がAIに「Z社の技術を活かせる買い手候補を30社、事業内容と理由つきで挙げて」と頼んだとします。以下は、返ってきやすい一覧の型を、架空の数字で組み直したものです。
| 場面 |
AIに任せて合った所 |
人が見ないと危なかった所 |
| 探す切り口 |
業種、地域、規模の条件から、探し方を十通りほど出す |
出した社名が実在するか、今も事業を続けているかは保証されない |
| 並べ替え |
渡した条件で、一覧を分類して並べ直す |
事業内容が近く見えるだけで、実際の取扱品が違う会社が入る |
| 買う理由 |
「この会社が買うとしたら」の仮説を複数書く |
根拠のない仮説を、断定の口調で書く |
| 文面 |
ノンネーム・シートの文章の下書き |
所在地、設備、売上規模の組み合わせで、Z社だと分かってしまう |
| 打診先と順番 |
並べ替えの案を出す |
取引先か、競合か、地域の同業か。AIには見えない |
聞き手
「合った所」の、探す切り口とは、具体的にどういうものですか。
アドバイザー
Z社の例なら、自動車部品の加工先を広げたい機械メーカー、切削を外注に頼っていて内製化したい会社、隣の県で同じ加工の設備を増やしたい同業、といった切り口です。社長一人では思いつかない角度が、短い時間でいくつも出ます。私は、AIの一番よい使い道はこの「問いの幅を広げる」作業だと考えています。個別の社名を当てさせるのとは、別の仕事です。
聞き手
30社のうち、実際に使えるのは何社くらいになりそうですか。
アドバイザー
仮に、こうなったとします。実在が確認できない会社が3社、すでに事業をやめた会社や他社の傘下に入った会社が4社、事業の中身が違った会社が5社、Z社の取引先や競合で打診できない会社が6社。残りは12社です。30社の一覧のうち、そのまま打診できたのは12社で、この数字は仮置きです。ただ、一覧の相当な部分が人の目で外れる前提で、確認の時間を見ておいてください。
アドバイザー
AIは、実在する会社の名前を引いているのではなく、いかにもありそうな名前と事業内容の組み合わせを文章として作ることがあります。また、検索の機能を使わない場合、AIは学んだ時点の情報で答えるので、その後に廃業した会社や、他社の傘下に入った会社の今の状態が分かりません。どちらも、会社のサイトや信用調査会社のデータなど、公開されている情報で一社ずつ確かめる作業が要ります。AIが並べた会社が実在するかは、人が一社ずつ確かめます。
聞き手
ノンネーム・シートの下書きで、Z社だと分かってしまうというのは、どういうことですか。
アドバイザー
たとえば「創業50年、従業員25名、県内で唯一の大型加工機を持つ切削加工会社」と書いたとします。一つひとつは普通の情報でも、重ねると、同じ業界の人には一社に絞れてしまいます。AIは文章をきれいに整えますが、その文面から誰の会社か分かるかどうかは判断しません。伏せる情報の選び方は、人が決めます。
聞き手
確かめたあとで、まだ人が決めることはありますか。
最後の打診先を決めるのは人

アドバイザー
あります。むしろ、ここが一番の山場です。実在していて、事業も合っている会社でも、打診してはいけない相手がいます。
聞き手
打診してはいけない相手とは、どんな会社ですか。
アドバイザー
Z社の取引先や、同じ地域で競っている同業です。ガイドラインは、取引先や同一地域内の同業者等に打診するときにも、秘密保持に同様の注意が必要だと書いています。譲渡を考えていると取引先に伝わると、取引が変わるかもしれません。従業員に伝わって、退職につながることもあります。
POINT
一覧を作るのはAI、打診先を決めるのは人
AIの一覧には、取引先や競合かどうかの情報が入っていません。社長の頭の中にしかない事情だからです。
ガイドラインは、打診を避けたい先があれば事前に仲介者やFAへ伝えること、打診の優先順位を十分に話し合うことが望ましいとしています。自分で探す場合も同じで、一覧ができたら、まず「打診しない先」に印をつけます。
そのうえで、先に声をかける順番を決めます。順番を間違えると、情報が思わぬ先へ回ります。この判断は、AIの一覧のどこにも書かれていません。
聞き手
買い手として不適切な会社も、AIには見分けがつきませんか。
アドバイザー
つきません。ガイドラインの第3版には、業界内で不適切な譲り受け側の情報を共有する仕組みの構築が期待される、と追記されています。そうした情報は、公開された文章の中にはほとんど出てこないので、AIの一覧からは見えません。買い手の評判や過去の経緯は、人が複数の窓口から聞いて確かめます。
聞き手
ここまでの話は、AIに会社の情報を入れる前提ですよね。何を入れてよいのですか。
AIに渡す情報は、社名を伏せた概要までにとどめる
アドバイザー
相手探しの段階では、社名を伏せて打診するのが基本です。AIに渡す情報も同じ線で考えます。社名、所在地の詳細、取引先の名前、財務の細かい数字は入れず、業種と規模を幅で伝える程度にします。
聞き手
AIに入れた情報は、どこまで守られるのですか。
アドバイザー
使うサービスの規約や設定で変わるので、私はここで言い切れません。AI事業者ガイドラインも、個人情報を不適切に入力しないよう注意することを求めています。秘密保持契約の条項や、個人情報の扱いに当たるかどうかは、弁護士にご確認ください。
CAUTION
法律の判断はここで扱いません
AIに入れてよい情報の範囲は、秘密保持契約や個人情報の扱いと結びつきます。契約上の義務に触れるかどうかは、弁護士にご確認ください。この記事は、実務の進め方の一例です。
聞き手
それでは、AIの使い方を一言で言うと、どうなりますか。
一覧の使い方は、この三つの順番
アドバイザー
AIの一覧を、次の順番で使ってください。
STEPS
- 社名を伏せた条件だけをAIに渡し、候補の切り口と下書きの一覧を作らせる。
- 一覧の会社を、公開情報で一社ずつ確かめる。実在、事業の中身、今も営業しているかを見る。
- 取引先や競合に印をつけて外し、残った先に、打診する順番をつける。
アドバイザー
基準は、万一情報が広がったときの影響の小ささです。取引関係がなく、顧客も重ならない遠方の会社から声をかけ、同じ地域の同業は慎重に最後へ回す、という考え方があります。ただ、会社の事情で正解は変わります。Z社が地元の取引先を大切にしているなら、順番そのものを変えます。この調整は、社長と話して決める作業です。
QUESTION
いま頭に浮かぶ譲渡先の候補のうち、打診してはいけない相手は、何社ありますか。