NEW ORDER

実務とAI

AIに任せる仕事、人が判断する仕事

M&Aの線引き

CONTENTS5の見出し
  1. M&Aの工程を分解する
  2. AIに向く仕事と、人が判断すべき仕事
  3. 線引きを誤るとどうなるか
  4. 実務でどう線を引くか
  5. よくある質問

聞き手

以前、契約書の点検にAIを使う話と、収支シミュレーションを検算する話をそれぞれ教えてもらいました。どちらも便利そうだったんですが、聞いていて気になったことがあります。M&Aの手続き全体で見たとき、どこまでAIに任せて、どこから先は人が判断すべきなんでしょうか。

アドバイザー

いい質問です。個別の場面ごとに「ここは使える」「ここは危ない」と考えていると、判断がその都度ぶれてしまいます。今日は工程全体を俯瞰して、線引きの考え方そのものをお話しします。

M&Aの工程を分解する

聞き手

そもそもM&Aって、譲渡か譲受を決めてから成約するまで、どんな工程を踏むんですか。

アドバイザー

大きく分けると、情報収集、資料の整理、企業価値評価、デュー・ディリジェンス(DD、買収前の詳細調査)、契約書の点検、交渉、最終的な意思決定という流れです。中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも、この流れが手続きの基本として整理されています。

M&Aの工程とAI・人の役割分担

聞き手

この中で、AIがすでに入り込んでいる部分ってどこなんですか。

アドバイザー

資料の整理と契約書の条項チェックです。大量の資料を短時間で読み込んで要点を拾うことはAIが得意な領域なので、もう実務で使われ始めています。逆に、交渉と最終的な意思決定にはほとんど入り込んでいません。

工程 AIが担える範囲 人が判断する範囲
情報収集・資料整理 大量の書類の要約、データの整形 どの情報が重要かの優先順位づけ
企業価値評価 計算式に沿った試算、検算 何年分の利益を上乗せするかの判断
デュー・ディリジェンス 異常値の検知、条項の抽出 リスクの重大性の評価、専門家の最終判断
契約書点検 条項の網羅チェック、表現の統一 個別事情を踏まえた条項の是非
交渉・最終意思決定 選択肢の整理 譲れる条件と譲れない条件の決定

聞き手

表で見ると、後半の工程に行くほど人の判断が増えていきますね。次は、AIに任せていい仕事の共通点を教えてください。

AIに向く仕事と、人が判断すべき仕事

アドバイザー

共通点で見ると分かりやすくなります。まずAIに向いているのは、正解のパターンがすでにある仕事です。契約書の条項を抜け漏れなく拾う、数式に沿って収支を検算する、決算書の数字を一定のルールで整形する。これは契約書の点検にAIを使って分かったことや収支シミュレーションをAIで検算するで具体的に扱った内容と重なります。

AIに向く仕事と人が判断すべき仕事の比較

聞き手

逆に、人が判断すべき仕事の共通点は何ですか。

アドバイザー

結果に対して誰かが責任を取らなければならない仕事です。企業価値評価でいえば、時価純資産の計算はAIでも検算できますが、時価純資産と営業権の考え方で説明したとおり、営業権として何年分の利益を上乗せするかは、業界の先行きや経営者への依存度を踏まえた人の見立てが入ります。交渉も同じで、相手が本当に譲れない条件はどこかを会話の中から読み取る仕事は、今のところAIに任せられません。

POINT

共通点を2つの軸で見る

  • AIに向く仕事: 正解のパターンがすでにある。間違えてもすぐ検証・修正できる
  • 人が判断すべき仕事: 結果への説明責任が発生する。相手の意図を読む必要がある

どちらに当てはまるかで仕分けると、工程ごとに迷わずに済みます。

聞き手

なるほど。パターンがあるかどうかと、責任が誰にあるかどうか、その2つで分かれるんですね。じゃあ、その線引きを間違えるとどうなるんですか。

線引きを誤るとどうなるか

CAUTION

AIの結果を鵜呑みにするリスク

総務省・経済産業省のAI事業者ガイドラインでは、AIによる評価や判断のアウトプットを人が鵜呑みにしないことの重要性が示されています。AIの評価を承認する際は、人自身がその理由や根拠を独自に考えてから承認すべきだという考え方です。これは「自動化バイアス」、つまり自動化された仕組みへの過度な依存を防ぐための指摘です。

聞き手

自動化バイアスって、具体的にはどういう失敗として出るんですか。

アドバイザー

架空の例で説明します。架空の製造業B社の譲受を検討していた買い手が、AIにDD資料を読み込ませたところ「重大なリスクなし」という要約が出てきました。担当者はそのまま経営会議に報告しましたが、資料の一部に古い契約書が混ざっていて、AIはそれを見落としていました。AIは渡された資料の範囲でしか判断できません。資料の質の問題は、人が事前に点検しないと気づけないことが多いです。

聞き手

それは怖いですね……。AIが間違えたというより、渡し方が悪かったということですか。

アドバイザー

両方あります。AIが事実と異なる内容をもっともらしく生成するハルシネーションのリスクも指摘されています。デュー・ディリジェンスの実務でも、AIは業界慣行や法的なグレーゾーンの判断までは踏み込めず、最終判断には弁護士の関与が欠かせないとされています。中小M&Aガイドラインでも、デュー・ディリジェンスは公認会計士や士業等専門家を活用して調査する工程だと位置づけられています。

線引きを誤ったときに何が起きるかを、はっきり書いておきます。AIの出力は、完成したものに見えます。だから、中身を理解しないまま持っていけてしまう。そして、理解しないまま話が進みます。実態で何が起きているのかを誰も分かっていない状態で、取り返しのつかないところまで行くか、途中でAIに任せたことが伝わって信用を失うかのどちらかです。そして、いちばん迷惑を被るのはお客様です。

聞き手

資料の見落としだけじゃなくて、判断そのものを任せてしまうのも危険なんですね。次の工程に進む前に、実務ではどう線を引けばいいんですか。

実務でどう線を引くか

POINT

線引きの3つの判断基準

迷ったときは、次の3つを自分に問いかけてみてください。1つでも当てはまれば、それは人が判断すべき仕事です。

  • 後戻りできるか: 間違えたときに、後から訂正や取り消しがきくかどうか
  • 責任の所在: その判断の結果について、誰が説明責任を負うことになるか
  • 相手がいるか: 交渉相手や取引先など、意図をくみ取る必要のある相手がいるかどうか

逆に、正解のパターンが決まっていて、間違えてもすぐに検証・修正できる仕事は、AIに任せて構いません。

聞き手

この3つの基準、実際に業務に取り入れるときはどう進めればいいんですか。

アドバイザー

手順としてはシンプルです。

STEPS

  1. 今の工程で発生している作業を、パターン化できる作業とそうでない作業に仕分ける
  2. パターン化できる作業だけをAIに任せ、出てきた結果を必ず人が読む
  3. 読んだ人が「なぜその結果を採用するか」を自分の言葉で説明できるか確認する
  4. 説明できない場合は、資料を渡すところからやり直す

アドバイザー

ポイントは3番目です。AIが出した数字や要約を、自分の言葉で説明できないまま次の工程に進めてしまうと、後で誰も責任を取れない状態になります。説明できるかどうかを、線引きの実務的な目安にしてください。

判断の性質 目安
パターンが決まっていて検証しやすい AIに任せてよい
結果に対する説明責任が重い 人が最終判断する
相手の意図を読む必要がある 人が主導する

CAUTION

士業の独占業務には踏み込まない

税額の計算、登記の可否判断、契約の法的な有効性の判断は、士業の独占業務です。AIにも当社にも代わりはできません。少しでも該当しそうな場面では、税理士や弁護士にご確認ください。

聞き手

仲介会社を選ぶときの手数料の話も、結局は人が判断する領域になるんですか。

アドバイザー

そうですね。仲介会社の手数料はなぜ一律なのかでも触れましたが、手数料体系の比較はAIでできても、依頼するかどうかの最終判断は、担当者との相性や説明の誠実さといった数字に出てこない部分が大きく影響します。ここは人が主導すべき領域です。

聞き手

今日の話の元になっている資料を教えてもらえますか。

アドバイザー

主に2つです。中小企業庁の中小M&Aガイドラインと、総務省・経済産業省のAI事業者ガイドラインです。どちらも一次情報として公開されています。

よくある質問

聞き手

最後に、よく聞かれそうな質問を確認させてください。AIに任せた作業でミスがあった場合、責任は誰にあるんですか。

アドバイザー

AIが出した結果であっても、採用して次の工程に進めた人に説明責任があります。ツールが間違えたから仕方ない、という整理にはなりません。

聞き手

士業に相談すべきかどうか迷ったときは、どう判断すればいいですか。

アドバイザー

先ほどの警告ボックスの通り、税務・登記・法律に関わる判断は当社を含めて断定できません。少しでも迷ったら早めにご確認いただくのが安全です。

聞き手

AIを使わない方がいい工程もあるんですか。

アドバイザー

使わないというより、AIの出力を最終結論として扱わない工程がある、という言い方が近いです。交渉と最終的な意思決定は、今のところ人が主導すべき領域だと考えています。

SOURCES

公開 2026.09.16更新 2026.10.09文 NEW ORDER JOURNAL 編集部

会社の譲渡や譲受について、まだ誰にも話していない段階のご相談も承ります。

相談する

OTHER ARTICLES

記事の一覧へ